旅の栞(オーストリア)

7月25日(地図)

ベルヴェデーレ宮殿上宮 [Oberes Belvedere] (地図)


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ベルヴェデーレ宮殿 [Schloss Belvedere]
最初の持ち主は、トルコ軍からウィーンを救った将軍プリンツ・オイゲン公の夏の離宮であった。 ベルヴェデーレはラテン語で眺めが良いことを意味する言葉で、かつてブドウ畑であったところに 1714から1716年にかけて下宮 [Unteres Belvedere] 、1720から1723年にかけて上宮 [Oberes Belvedere] が建設された。 オイゲン公は美的センスのあった方で多くの彫刻や絵画の収集を行っていたが彼には後継ぎがなく、死後散逸してしまった。 その後マリア・テレジアがこの宮殿を買い取り、上宮は現在19~20世紀のオーストリア絵画を展示した美術館になっている。 なかでもグスタフ・クリムトのコレクションは有名で世界最大。 (館内は撮影禁止。)
ベルヴェデーレ宮殿上宮 [Oberes Belvedere] (10:47)「北東方向」MAP
ベルヴェデーレ宮殿 [Schloss Belvedere] のバロック庭園 (10:49)「北北東方向」MAP
上宮と下宮の間にあるバロック庭園、庭園を囲む位置にはスフィンクス像が配されている。
ベルヴェデーレ宮殿上宮 [Oberes Belvedere] (10:49)「南南東方向」MAP
ベルヴェデーレ宮殿上宮 (10:50)「南南東方向」MAP ベルヴェデーレ宮殿上宮 (10:50)「南南東方向」MAP
バロック庭園と下宮 (10:50)「北方向」MAP
真向かいにある建物がベルヴェデーレ宮殿の下宮 [Unteres Belvedere] で、プリンツ・オイゲン公の豪華な居室や特別展示会場がある。 その左手に見える尖塔はシュテファン寺院 [Stephanskirche] の塔。
バロック庭園と下宮 (10:51)「北方向」MAP バロック庭園と下宮 (10:51)「北方向」MAP
ベルヴェデーレ宮殿内のショップ (10:55) MAP
ベルヴェデーレ宮殿 [Schloss Belvedere] のバロック庭園 (12:01)「北北西方向」MAP
中央に見える尖塔はシュテファン寺院 [Stephanskirche] の塔。
ベルヴェデーレ宮殿の庭園 (12:02)「北北西方向」MAP ベルヴェデーレ宮殿の庭園 (12:02)「北北西方向」MAP
ベルヴェデーレ宮殿 (12:02)「南南西方向」MAP ベルヴェデーレ宮殿 (12:03)「西方向」MAP
ベルヴェデーレ宮殿上宮 [Oberes Belvedere] の庭園 (12:04)「南南西方向」MAP
ベルヴェデーレ宮殿上宮 [Oberes Belvedere] の庭園 (12:04)「南西方向」MAP
ベルヴェデーレ宮殿上宮 [Oberes Belvedere] と庭園 (12:04)「西方向」MAP
ベルヴェデーレ宮殿上宮 [Oberes Belvedere] (12:04)「西北西方向」MAP
ベルヴェデーレ宮殿上宮 [Oberes Belvedere] と庭園 (12:05)「北北西方向」MAP
ベルヴェデーレ宮殿上宮 [Oberes Belvedere] と庭園 (12:06)「北北西方向」MAP
ベルヴェデーレ宮殿上宮 [Oberes Belvedere] と庭園 (12:07)「北北西方向」MAP
ベルヴェデーレ宮殿上宮 (12:07)「北北西方向」MAP
宮殿の南に位置する正門 (12:08)「北北西方向」MAP
オーストリアの20セントユーロ硬貨の裏面には、門越しに見た宮殿が彫られている。
免税ブティック 『WALTZ』 (12:32) MAP 免税ブティック 『WALTZ』 (12:32) MAP
免税ブティック 『WALTZ』 (12:33)「西南西方向」MAP 免税ブティック 『WALTZ』 (12:34) MAP
ウィーン国立オペラ座 [Staatsoper] (12:59)「東北東方向」MAP
ウィーン国立オペラ座 [Staatsoper] (12:59)「東北東方向」MAP
ウィーン市庁舎 [Wiener Rathaus] (13:12)「南西方向」MAP
1872年から1883年にかけて、建築家のフリードリヒ・フォン・シュミットの設計を基にして建設され、ウィーン市長およびウィーン市議会が執務を行なう庁舎として利用されている。
ウィーン市庁舎 [Wiener Rathaus] (13:13)「西南西方向」MAP
市庁舎地下のレストラン [Restaurants Wiener Rathauskeller] (13:13)「南南西方向」MAP
赤いテント張りの入口から、市庁舎地下のレストランへ向かう。
市庁舎地下のレストラン [Restaurants Wiener Rathauskeller] (13:14)「西北西方向」MAP
入口の上には、RESTAURANT、VINOTHEK、BANKETTZENTRUM と書かれている。
市庁舎地下のレストラン [Restaurants Wiener Rathauskeller] (13:14)「西北西方向」MAP
入口の上には、レストラン、ワインショップ、宴会センターと書かれている。
市庁舎の地下 (13:14) MAP 市庁舎地下のレストラン (13:16) MAP
市庁舎地下のレストラン (13:21) MAP 市庁舎地下のレストラン (13:25) MAP
ウィーン風カツレツ (ヴィーナー・シュニッツェル)[Wiener Schnitzel] (13:35) MAP
ウィーン風カツレツはイタリアのミラノから伝わったといわれている。 ヨハン・シュトラウス1世が作曲した『ラデツキー行進曲』でも有名なラデッキー将軍が、ミラノに遠征した時によく食べていたミラノ風カツレツを自国でも是非食べたいと思い、コックを自国に連れて帰ったのが始まりで、今ではオーストリアの名物料理になっている。
市庁舎地下のレストラン (14:00) MAP 市庁舎地下のレストラン (14:12)MAP
市庁舎広場 [Rathausplatz] (14:15)「南南西方向」MAP
野外映画祭のスクリーンが設えてあり、天気の良い夜はいつも映画をながしてくれる。
市庁舎広場 [Rathausplatz] (14:15)「西方向」MAP
野外映画祭のスクリーンが設えてあり、天気の良い夜はいつも映画をながしてくれる。
市庁舎広場 [Rathausplatz] (14:16)「西南西方向」MAP 市庁舎広場 [Rathausplatz] (14:16)「南西方向」MAP
ライヒスラーツ通り [Reichsratsstraße] (14:17)「北方向」MAP
通りの突き当たりに見える2つの尖塔は、ヴォティーフ教会 [Votivkirche] (奉納教会) の尖塔で、1853年に皇帝フランツ・ヨーゼフ1世がテロによる暗殺から無傷で逃れられたことを神に感謝し、弟で後のメキシコ皇帝マクシミリアンによって1856年から1879年にかけて建てられた。
ウィーン市庁舎 (14:17)「南南西方向」MAP ウィーン市庁舎 (14:17)「南南西方向」MAP
フェルダー通り [Felderstraße] (14:17)「西方向」MAP
左手の建物は、ウィーン市庁舎 [Wiener Rathaus] 。
ウィーン市庁舎 [Wiener Rathaus] (14:19)「南方向」MAP
フェルダー通り [Felderstraße] (14:20)「西南西方向」MAP
ウィーン市庁舎 [Wiener Rathaus] の正面に向かって、右側面。
ライヒスラーツ通り (14:20)「北方向」MAP ライヒスラーツ通り (14:22)「南方向」MAP
市庁舎の地下レストランで昼食を済ませ、チェスキー・クルムロフ (チェコ) へ向かう。


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