旅の栞(トルコ)

6月28日

イスタンブール [İstanbul]
『ガラタ橋 ~ リュステム・パシャ・ジャーミイ』

2024年5月31日(金)10:00をもちましてURLは下記の通り変更になります。
http://arisada.f5.si/turkey/newpage15.html

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イスタンブール[İstanbul]
イスタンブールはボスポラス海峡を挟みアジアとヨーロッパの2つの大陸にまたがる都市で、330年にローマ皇帝コンスタンティヌス1世によってコンスタンティノープルとして再建されて以降、およそ16世紀の間、ローマ帝国 (330-395)、ビザンティン (395-1204, 1261-1453)、ラテン帝国 (1204-1261)、オスマン帝国 (1453-1922) と4つの帝国の首都であった。 1453年にオスマン帝国により都市が征服され、コンスタンティノープルの陥落が起こる以前のローマやビザンティン時代は、キリスト教発展の要であったが、征服後はイスラームの中心やオスマンのカリフの中心に変わった。  トルコ共和国がアンカラを新しい首都に制定したが、嘗て首都であったイスタンブールには、多くの宮殿やモスクが世界遺産として残されている。 因みに、モスクの中には、嘗てのキリスト教大聖堂を改造した建物もある。

 飛んでイスタンブール/庄野真代
ガラタ橋 [Galata Köprüsü] (12:25)
ガラタ橋は、長さ490m、主橋脚間80m、幅42mで片側3車線と歩道を備え、市街電車も通る橋で、船が通行する中央部以外は上下二層になっており、上層が車道、下層がレストラン街となっている。
「南」MAPLay. 1 A
ガラタ橋 [Galata Köprüsü] (12:25)
ガラタ橋は、トルコのイスタンブルの金角湾に架かる可動橋(跳ね橋)で、初代の橋は1845年に開通し、現在の橋は1994年12月に開通した5代目。
「南南西」MAPLay. 1 B
ガラタ橋 [Galata Köprüsü] (12:26)
金角湾を右に見ながら、旧市街へ向かう。
「南南西」MAPLay. 1 C
ガラタ橋 [Galata Köprüsü] (12:27)
この橋の上では、多くの人が釣り糸を垂れている。
「南西」MAPLay. 1 D
ガラタ橋 [Galata Köprüsü] (12:27)
橋の上では、釣具屋さんの出店もある。
「北北西」MAPLay. 1 E
ガラタ橋 [Galata Köprüsü] (12:27)
魚種は鯵が中心、釣果はご覧の通り。
「西北西」MAPLay. 1 F
金角湾 [Altın Boynuz] (12:28)
古来からの名前の通り、マルマラ海からヨーロッパ大陸に「角」のように切り込んだ東西に細長い湾で、ボスポラス海峡の西南の出口に位置する天然の良港になっている。 この「牛の角」のように切り込んだ湾が、夕陽に照らされ、金色に輝くことから金角湾 [英:Golden Horn] と名付けられている。
トルコでは、通常 "入り江" を意味する、ハリチュ(ハリチ) [Haliç] という言葉で呼ばれる。
「西」MAPLay. 1 G
ガラタ橋 [Galata Köprüsü] (12:30)
この橋の上では、多くの人が釣り糸を垂れている。
「南西」MAPLay. 1 H
観光エミノニュ桟橋 [Eminönü Gezi İskelesi] (12:31)
エミノニュは、金角湾の水上交通の要でもあり、波止場は、ボスポラス周遊船、アジア岸のウスクダラ、カドゥ・キョイへの定期船の発着所でもあり、金角湾の奥への船も出ている。
「南西」MAPLay. 1 I
エミノニュ波止場 [Eminönü iskelesi] (12:33)
中央に見えるモスクの内、遠くに見える高いモスクは、スレイマニエ・モスク [Süleymaniye Camii]、手前に見えるモスクは後に訪れる、リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] 。
「西南西」MAPLay. 1 J
エミノニュ波止場 [Eminönü iskelesi] (12:34)
対岸は、新市街。 前方に見える橋は、ガラタ橋 [Galata Köprüsü] 。
「北東」MAPLay. 1 K
エミノニュ波止場 [Eminönü iskelesi] (12:34)
この辺りの屋台の多くは、鯖サンド (焼いた鯖をパンに挟んだもの) を販売している。
「北」MAPLay. 1 L
エミノニュ波止場 [Eminönü iskelesi] (12:34)
対岸は、新市街。 右に見える橋は、ガラタ橋 [Galata Köprüsü] 。
「北北東」MAPLay. 1 M
エミノニュ波止場 から エミノニュ広場への地下通路 (12:35)
「南南西」MAPLay. 1 N
エミノニュ広場 [Eminönü Meydanı] (12:37)
前方のモスクは、リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] 。
「西」MAPLay. 1 O
エミノニュ広場 [Eminönü Meydanı] (12:38)
左手の建物は、イェニ・ジャーミ [Yeni Cami] 。 右手の赤褐色の建物は、エジプト市場 [Mısır Çarşısı] 。 このエジプト市場は、キュッリエ*のモスクである、イェニ・ジャーミの財産の一つとして建てられた。
「東南東」MAPLay. 1 P

 キュッリエ [Külliye] とは、モスクを中心に建設された、宗教施設と慈善施設の集合体。
エジプト市場 (ムスル・チャルシュス) [Mısır Çarşısı] (12:39)
エジプシャンバザール [英:Egyptian Bazaar] とも呼ばれ、イェニ・ジャーミ [Yeni Cami] の財産の一つとして建てられた、この屋根つき市場は、エジプト [Mısır]* 、インドからの商品を主に扱ったため、エジプト市場と呼ばれるようになった。 取り扱う商品中に、香料が多かったため、欧米人には、むしろ、香料市場 (スパイス・バザール) として名高い。
「南南西」MAPLay. 1 Q

 エジプトからは、エジプトの物産のほか、「香料の道」 を経てカイロに到着した香料など、東南アジアからの物産が、イスタンブールにもたらされた。
Bab-ı Hayat Restaurant (12:50)
MAPLay. 1 R
Bab-ı Hayat Restaurant (12:54)
MAPLay. 1 R
Bab-ı Hayat Restaurant (12:54)
このレストランは、エジプシャンバザール [英:Egyptian Bazaar] の東側出入り口の2階にある。 レストラン内部は、オスマン帝国時代の装飾芸術をモチーフにした内装が施されている。
MAPLay. 1 R
Bab-ı Hayat Restaurant (13:09)
壁面のタイルには、トルコの国花である、チューリップが描かれている。 このチューリップはトルコ民族のルーツである、中央アジアに咲く原種を描いたもので、現在のチューリップとは花びらの形状が異なる。 現在のチューリップはトルコからヨーロッパ (主にオランダ) に伝わり、交配によって改良されたもの。 チューリップの語源は、原種の花の先端が唇に似ている事から、当初、 "トルコ人の唇" (テュルクリップ) [Turkey's lips] として、ヨーロッパ諸国に広がた。 しかし、次第に短く発音されるようになり、現在の呼称、チューリップ [Tulip] になった。
MAPLay. 1 R
Bab-ı Hayat Restaurant (13:09)
壁面のタイルには、トルコの国花である、チューリップの原種が描かれている。
MAPLay. 1 R
Bab-ı Hayat Restaurant (13:13)
MAPLay. 1 R
Bab-ı Hayat Restaurant (13:32)
MAPLay. 1 R
Bab-ı Hayat Restaurant (13:40)
エジプト市場 (エジプシャン バザール) の、東側出入り口にあるレストラン。
「南」MAPLay. 1 S
Bab-ı Hayat Restaurant (13:40)
エジプト市場 (エジプシャンバザール) の東側出入り口。
「南南東」MAPLay. 1 T
エジプト市場 (ムスル・チャルシュス) [Mısır Çarşısı] (13:41)
イェニ・ジャーミを含むキュッリエ [Külliye] の収入源として建設された建物。 L型に折れたアラスタ* [Arasta] 。
建設年:1660年 建設者:メフメット4世の母のトゥルハン・ヴァーリデ・スルタン 建築家:ムスタファ・アー
MAPLay. 1 U

 両側に商店が並んでいる通りが1本の建物。
エジプト市場 (ムスル・チャルシュス) [Mısır Çarşısı] (13:41)
エジプト、インドからの商品を主に扱ったため、エジプト市場と呼ばれるようになった。 取り扱う商品中に、香料が多かったため、欧米人には、むしろ、香料市場として名高い。
MAPLay. 1 U
エジプト市場 (ムスル・チャルシュス) [Mısır Çarşısı] (13:42)
グランド・バザールに対し、新バザールとも呼ばれた、この市場には、遠く東南アジアやインドから、エジプト経由でもたらされた胡椒や肉桂 (ニッキ) 、干し生姜などの香料を扱う香料商や、各種の生薬を扱う生薬商が店を並べ、独特の雰囲気を醸し出していた。 その名残は、今もこの市場に残る香料商や生薬商に見ることが出来る。 エジプト市場は、グランド・バザールに比べ、ずっと小ぢんまりとしてはいるが、住民の日常生活にとって、重要な存在になっている。
MAPLay. 1 U
エジプト市場 (ムスル・チャルシュス) [Mısır Çarşısı] (13:43)
今日のエジプト市場には、香料商や生薬商だけでなく、通常の食料品や穀物商なども並んでいる。
MAPLay. 1 U
エジプト市場 (ムスル・チャルシュス) [Mısır Çarşısı] (13:59)
グランド・バザールは、貴金属や絨毯のような高級品を国内のお上りさんや、外人観光客相手に品物を売る店が多いのに対し、エジプト市場は、イスタンブールの庶民生活に必要な日常品を販売している店が多い。 因みに、買い物は、グランド・バザールでするより、エジプト市場の方が安全と言われている。
MAPLay. 1 U
エジプト市場 (ムスル・チャルシュス) [Mısır Çarşısı] (14:02)
エジプト市場は、イスタンブールの庶民生活の匂いがする市場である。
MAPLay. 1 U
エミノニュ広場 [Eminönü Meydanı] (14:06)
左手の建物は、イェニ・ジャーミ [Yeni Cami] 。 右手の赤褐色の建物は、エジプト市場 [Mısır Çarşısı] 。 このエジプト市場は、キュッリエ*のモスクであるイェニ・ジャーミの財産の一つとして建てられた。
「東南東」MAPLay. 1 V

 キュッリエ [Külliye] とは、モスクを中心に建設された、宗教施設と慈善施設の集合体。
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:06)
エミノニュの商業地区の中に建設されたモスクで、その立地条件から、1階を商店と倉庫にし、2階にモスク施設を乗せている。
「西」MAPLay. 1 W
エミノニュ広場 [Eminönü Meydanı] (14:07)
「北北東」MAPLay. 1 X
Asmaaltıバザール [Asmaaltı Çarşı] (14:08)
「北西」MAPLay. 1 Y
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:10)①
ソン・ジェマアト・イエリ [Son cemaat yeri] (最終拝廊) 部。 礼拝に遅れてきた人達のために設けられた礼拝室入り口前の柱廊部をさす。 ソン・ジェマアト・イエリの壁面にも礼拝の方向 (メッカ) を示すための、ミフラーブ [mihrab] が設けられている。 (下図参照)
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] 見取図
エミノニュの商業地区の中に建設されたモスクで、その立地条件から、1階を商店と倉庫にし、2階にモスク施設を乗せている。
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:12)②
小柄な建物であるが、美しい装飾タイル (イズニックタイル) を最も大量に使用したモスク。 特に、ミフラーブと2階 (女性席)* の柱や壁の装飾タイルが素晴らしい。
MAPLay. 1 Z

 礼拝室では、2階と1階の壁際が、女性席になっている。 これは、礼拝姿勢を配慮しての決まりだそうです。
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:12)②
中央の、壁面の凹んだところが、ミフラーブ、その右の階段上に設けられた壇は、ミンバル [説教壇]
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:13)②
装飾タイル (イズニックタイル) としては、トプカプ宮殿に次いで、秀逸なものが多い。
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:14)③
多種に渡る美しい花柄や幾何学模様のイズニックタイルによって、ポーチの前面だけでなく、ミフラーブ、ミンバル、壁、円柱、ポーチの外側にいたるまで覆われている。 このようなタイルを惜し気なく使い造られたモスクは、イスタンブールにおいて他にはない。
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:14)③
多種に渡る美しい花柄や幾何学模様のイズニックタイルによって、ミフラーブ、ミンバル、壁、円柱にいたるまで覆われている。
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:15)③
多種に渡る美しい花柄や幾何学模様のイズニックタイルによって、ポーチの前面だけでなく、ミフラーブ、ミンバル、壁、円柱、ポーチの外側にいたるまで覆われている。 このようなタイルを惜し気なく使い造られたモスクは、イスタンブールにおいて他にはない。
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:15)
主ドームの直径は15m、高さは23m。 その周りを囲む、8個のアーチと8個のペンデンティブ [Pendentive]
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:15)③
建設年:1562年 建設者:スレイマン1世の女婿で大宰相のリュステム・パシャ 建築家:ミマール・スィナン
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:15)③
多種に渡る美しい花柄や幾何学模様のイズニックタイルによって、壁、円柱が覆われている。
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:15)④
正規の礼拝室の入り口。
多種に渡る美しい花柄や幾何学模様のイズニックタイルによって、壁面が覆われている。
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:15)④
多種に渡る美しい花柄や幾何学模様のイズニックタイルによって、壁面が覆われている。
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:15)④
主ドームの直径は15m、高さは23m。 その周りを囲む、8個のアーチと8個のペンデンティブ [Pendentive]
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:16)④
多種に渡る美しい花柄や幾何学模様のイズニックタイルによって、ミフラーブ、ミンバル、壁、円柱が覆われている。
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:17)③
多種に渡る美しい花柄や幾何学模様のイズニックタイルによって、ミフラーブ、ミンバル、壁、円柱が覆われている。
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:17)③
多種に渡る美しい花柄や幾何学模様のイズニックタイルによって、ミフラーブ、ミンバル、壁、円柱が覆われている。
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:17)⑤
多種に渡る美しい花柄や幾何学模様のイズニックタイルによって、壁、円柱が覆われている。
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:18)⑤
多種に渡る美しい花柄や幾何学模様のイズニックタイルによって、壁面が覆われている。
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:19)⑥
多種に渡る美しい花柄や幾何学模様のタイルによって装飾されたポーチの前面。
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:20)⑥
現在、閉ざされているが、右手の、焦げ茶色の床板が貼られた所が、正規の入り口。
ポーチの前面は、多種に渡る美しい花柄や幾何学模様のタイルによって装飾されている。
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:21)⑦
ポーチの側方。 奥の右手に礼拝室の入口 (通用口) がある。
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:22)⑦
多種に渡る美しい花柄や幾何学模様のタイルによって装飾されたポーチの前面。
MAPLay. 1 Z
リュステム・パシャ・ジャーミイ [Rüstem Paşa Camii] (14:22)⑧
地上と、2階のモスクをつなぐ階段。
MAPLay. 1 Z
エジプト市場 (ムスル・チャルシュス) [Mısır Çarşısı] (14:33)
イェニ・ジャーミを含むキュッリエ [Külliye] の収入源として建設された建物。 L型に折れたアラスタ* [Arasta] 。
建設年:1660年 建設者:メフメット4世の母のトゥルハン・ヴァーリデ・スルタン 建築家:ムスタファ・アー
(手前に見える地下への階段は、エミノニュ波止場 から エミノニュ広場への地下通路。)
「南」MAPLay. 1 a

 両側に商店が並んでいる通りが1本の建物。
エジプト市場 (ムスル・チャルシュス) [Mısır Çarşısı] (14:34)
金閣湾に向かって開かれた、アーチ型の入口をもつエジプト市場は、エジプシャンバザール [英:Egyptian Bazaar] とも呼ばれ、イェニ・ジャーミ [Yeni Cami] の財産の一つとして建てられた、この屋根つき市場は、エジプト [Mısır]* 、インドからの商品を主に扱ったため、エジプト市場と呼ばれるようになった。 取り扱う商品中に、香料が多かったため、欧米人には、むしろ、香料市場 (スパイス・バザール) として名高い。
「南」MAPLay. 1 b

 エジプトからは、エジプトの物産のほか、「香料の道」 を経てカイロに到着した香料など、東南アジアからの物産が、イスタンブールにもたらされた。
イェニ・ジャーミ [Yeni Cami] (14:34)
エミノニュ [Eminönü] の桟橋近くに建設されたキュッリエ*のモスク。 商業施設に隣接し、アジア側と行き来する船が発着する桟橋やバスターミナルの近くにあるため、市民に最も親しまれているモスク。 二つの尖塔 (ミナーレ) をもつこのモスクは、新モスク (New Mosque) の通称で知られている。 建設年:1597 ~ 1603、1651 ~ 64 (途中、工事は48年間中断されていた)
「南南東」MAPLay. 1 c

モスクを中心とした大学、図書館、寮、食堂、病院などを含む総合施設。

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